世の中には、明らかに入りづらい、入るのを躊躇してしまう酒場というものが一定の確立で存在している。外観のインパクトがすごいパターンもあれば、おっかない店員さんや常連さんが作り上げた孤高の世界に足を踏み入ることに得体の知れない不安を感じるパターンもあるだろう。今回紹介する赤羽の「立ち飲みいこい 支店」は明らかに後者の部類。酒場初心者や一見さんにとって、この店への第一歩は大きなハードルを感じるものであるかもしれない。でも大丈夫。永く続いている店は、永く愛されているということ。店に馴染んでしまえば、その先に紛れもない「いこい」があることが感じられるだろう。
1970年創業、せんべろの聖地・赤羽の重鎮「いこい」
今や昼飲み・せんべろの聖地として確固たる地位を築く赤羽の最重要店が「いこい」と言えるだろう。創業は1970年、酒類の卸売を手掛ける株式会社アサヌマが、顧客のニーズに応えるかたちで営業を開始した立ち呑み店だ。今回訪問した支店は2011年のオープンで、現在赤羽に本店と支店の2店舗を構えている。手頃な値段と、値段以上の価値を感じるおつまみの数々が酒呑みの猛者たちに支持され、1日に300~400人もの客が集まるという、まさに赤羽を代表する酒場のひとつだ。
真のせんべろ店とはここのこと。お手頃メニューが充実
「舌代」と表記されたなんとも味のあるメニューを眺める。ビールから日本酒、焼酎、サワー系まで、下は200円台からオーダーすることができる。サワー系のバラエティ感もおもしろい。
そしておつまみメニュー。煮込み110円(!)を筆頭に、100円台のメニューがけっこうな割合を占めているのがわかる。そのほか店内のホワイトボードなどにその日のおすすめメニューが示されているのでチェックしたいところだ。
「立ち飲みいこい」はキャッシュオンデリバリー方式。注文時に現金払いの必要があるので、テーブルに1000円札や小銭を用意しておけば、店員の方が都度会計を済ませてくれる。
瓶ビールと酎ハイと煮込み。これ以外いらない充実の時間
お店独特の空気に飲まれそうになりつつも、カウンターについて瓶ビールと煮込みをオーダー。赤星と小ぶりの煮込みがあっという間に提供された。安定の赤星にまた巡り会えた喜びを、スタンダードな味わいの煮込みが加速させてくれる。スタートはこれだけでちびちびとやっていく作戦に。
頃合いをみて酎ハイと、本日のおすすめとしてホワイトボードに記されていたしめ鯖にチェンジ。口の中をさっぱりとさせながら、やはりちびちびと酒を進める。ほんとうに、これだけで他に何も要らないんじゃないかというほど充実した時間が流れていく。
コの字カウンターを舞台に展開するさまざまな人間模様。
正月気分も冷めやらぬ休日。今回が「いこい」初訪問の私だったのだが、本当に右も左もわからず、ひとり客であるにも関わらずカウンターではなく二人使用の机席についてしまった。すると大勢の猛者を仕切る店員のおにいさんに「ひとり?カウンター!」とカウンターの空席を指さされてしまった。いきなりハードボイルドな洗礼を味わい、大いなる気後れを感じてしまったことはここだけの内緒にしておこう。
しかしお酒も進み、店内の独特の雰囲気になんとなく気持ちが馴染んでくると、いろいろな物事が見えるようになってきた。
私にカウンターへ着くよう指示したおにいさんも、もちろん根っからのおっかない人間などではなかった。常連と思われるお客さんを「今日も朝から仕事?大変だねぇ」と労ったかと思えば、コの字のカウンターを囲う20人近いお客さんの矢継ぎ早の注文をテキパキと捌き、キャッシュオンデリバリーの宿命とも言うべきその場での現金会計を即座の暗算でこなしたりと、まさに獅子奮迅の活躍。その姿は側から見ていてとても気持ちの良いものだった。おまけに突然「はいお年賀」と熨斗付きのタオルを私に手渡してもくれた。これは新年から良い思いができたものだ。
また周囲のお客さんたちも入店前の私の勝手なイメージとは異なり、それぞれがそれぞれのやり方でお酒を楽しんでいるようだった。雑多な立ち呑みであることなど気にせず、食べる前にしっかりと手を合わせて「いただきます」とやる人がいたり。親しく話していたことから二人連れのご常連かと思いきや、一方はお酒を呑み終えるとさっと退店し、残されたもう一方はそれを気に留めることなく呑み続けていたり。人のいなくなったカウンターをふきんで拭き、おつまみが提供されるカウンターから少し距離のあるテーブル席へおつまみを届けてあげる気さくな人もいたり。
コの字カウンターを舞台にした、実にさまざまな人間模様。まるで大衆酒場の魅力が、この小さな空間にぎゅっと凝縮されているかのような光景を目の当たりにすることができた。
大衆酒場の魅力を、じっくりと味わうことができる名店
前述したように「いこい 支店」は酒場初心者にとっては極めてハードルの高い場所だと思われるかもしれない。しかしそのハードルを乗り越え(そしてそれはほんの少しの勇気で乗り越えることができる)空間に馴染むことができたなら、お手頃で美味しいお酒とおつまみを堪能することができる。そして酒場の猛者たる先輩方の人間模様をつぶさに観察することができる。大衆酒場って良いところだな、少し元気がもらえたかもしれない、そんな思いに浸ることができるだろう。ほんの少しの勇気を振り絞って、ぜひ足を運んでもらいたい。
店名/立ち飲みいこい 支店
住所/東京都北区赤羽南1-5-7 クレアシオン赤羽ビル 1F
電話/03-5939-7609
営業時間/[月~土]7:00~22:00 [祝日]7:00~21:00
定休日/日曜日※本記事は筆者訪問日(2024年1月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。