「埼玉県池袋市」と揶揄されるほどに、池袋という街は埼玉県人に占領されていると言って過言ではない。JR埼京線や東武東上線、西武池袋線など多くの路線が、毎日毎朝、車両いっぱいの埼玉県人をせっせと運んで来ては、この駅で大量に放出していく。いまこの瞬間、池袋の繁華街を歩いている人のどれほどが埼玉県人なのか、誰か調査した人はいないかな、誰か調査してくれないかななどと密かに思っている私なのである。そんなデータが存在するのであれば、ぜひ拝見して精査してみたいところだ。きっと埼玉県人の占領が進んでいることを数字というリアルで実感できることだろう。
私も高校時代、西武池袋線に乗って池袋駅に降り立ち、山手線に乗り換えて通学していた。学校が終わってそのまま帰路に着くことは稀で、制服のまま池袋のレコード店や楽器店(当時はギターを所有していたものだ)、本屋や服屋などを巡って徘徊することが多かった。東口に西武デパートがあり、西口に東武デパートがあるという都内屈指のカオス構造。格子状に展開する広大な地下街。健全なショッピングエリアと欲望渦巻く夜のエリア。高校生にして池袋が持つさまざまな側面を目の当たりにしてきた。良いことも悪いことも含め、若かりし頃の私の記憶が、この街のそこここに埋もれている。
時を経て、近年の池袋は以前にも増して国際化が進んでいるという。国際化とは良く言ったものだが、より詳しく述べるならチャイナタウン化が進行しているということだ。北口を出て放射状に伸びる道を行くと、中国語のみで記された飲食店の看板が並ぶ一角にあたる。これらは通称「ガチ中華」と呼ばれる店で、中国人による中国人のための運営が行われているというのだ。店員がすべて中国人なら、メニューはすべて中国語表記。店内では中国語のみが通じ、提供される料理も中国国内の調理法や味付けによるもので、日本人が訪れることをまるで想定していないらしい。一部のマニアや、国内に居ながらにして海外旅行気分を味わいたい人からは支持を得ているようだが、私のような安定志向の保守派にはなかなか縁遠い店と言えるだろう。兎にも角にも、池袋では埼玉県人による占領の次に、中国人による占領がはじまっているかのように思える。多文化共生、多様性、人類みな兄弟、どれも聞こえは良いが、大きな変化を受け入れづらい年代となってしまった人々には、ちょっぴり複雑な出来事なのかもしれない。

とある平日の夕方、そんな池袋での用事を終えた私がめざしていたのは、以前から気になっていたがなかなか訪問の機会が得られなかった「三福」である。三福は池袋駅西口から徒歩わずか1分ほど、ロータリーの隅に佇む焼きとんの老舗酒場。創業は1956年(昭和31年)とのことで、実に70年以上にわたって池袋の酒呑みたちを受け入れつつ、この街がまだ副都心としての地位を確立する以前から、その変遷を見守ってきたことが想像できる。外観も内装も実に趣深く「昭和レトロ」などという綺麗ごとでは収まらない、良くも悪くも「本物の昭和」を今に伝える貴重な店なのだ。

店舗前に立ち、その雰囲気からいつもの入りづらさを感じていると、先客たちが実に楽しそうに店から出てきた。二人連れのおじさんたちの屈託のない笑顔と笑い声に安心しつつ、入れ替わりで暖簾を潜る。すぐさま東南アジア系のお兄さん店員が「こちらどうぞ」とカウンター席へ案内してくれた。やはりいつも感じている老舗店への入りづらさなど、私の脳みそが勝手に生み出した幻想でしかないのだ。両隣の先客に「失礼します」と声をかけ、カウンター席に腰を下ろす。肩ふれあうも他生の縁、とでも言おうか、カウンター席のひとり分の幅は思ったよりも狭い。それに加えて私の背中から壁までの距離も狭く、店員さんや客がそこを通ろうものなら、私の背中に必ず何かがふれるという状態だ。なかなかに難易度の高い酒場、これは楽しくなりそうではないか。

良い酒場には赤星がある。これは広告のキャッチコピーのようだが、私の最近の素直な印象でもある。この、いつもの赤星を軸に、創業以来変わらぬ味と謳われているもつ煮込み、そしてカブ味噌からスタートした。

塩ベースの煮込みはさっぱりとした佇まいにモツの食感と風味がダイレクトに感じられるタイプで、口内でじっくり噛み締めたくなる逸品。

そして予想外ながら、カブ味噌の奥深さに驚かされることになる。しっとりとしたカブに味噌ダレをつけて食べる、シンプルながらその相乗効果は絶大で、こんな食べ方があるならもっと早く知りたかったよ、と独り言を言いたくなるほどの味わい深さであった。特段人気商品ということでもないであろう、ホワイトボードの片隅に書かれたおつまみの一皿から、ここまでの感動が得られるなんて。やっぱりここ、すごい店なのかもしれないと思わされる。


店内は相変わらずの喧騒に包まれており、LEDではない、蛍光灯の光が十分な明るさであるにも関わらず、独特の陰鬱とした空間を醸し出している。なぜか漫画誌が積み上げられた雑多なカウンターを眼前に、行き交う店員さんや客の気配を背後に物理的に感じながら、私の宴は静かに、そしてこの上ない喜びに満たされている。

久しぶりにホッピーでも呑もうかな、と唐突に思う。この店の雰囲気とも合っていそうな、そうでもないような、よくわからない感情からオーダーしてみる。ついでのお供は白菜漬。焼きとんのカシラとシロにも手を出してしまった。これはもう、紛れもない宴である。


ホッピーも白菜漬も、もちろん予想どおりの知っている味だ。でもこれがいいんだよと頷く。何の気もてらわないいつもの味。それはつまり自分の、日本人としての自分が帰るべき味でもある。やや時間をおいてやってきたカシラとシロも、豊かな肉汁と食感に満たされており、いままさに食べたかった焼きとんの味がする。ホッピーも自ずと進んでいく。素晴らしい酒場体験、こんな気分を味わいたくて、私は酒場を巡っているのだと気付かされる。
1杯目のホッピーが早々になくなり、だが瓶の中にはまだ半分ほど残っている。これはいけない、すぐにナカを頼まなくてはと思い至る。店内は途切れることのない喧騒に満たされていて、店員のお兄さんたちも常に動き回っている。こちらはこの店の新参者、あまり波風を立てず、手の空いていそうな店員さんをみつけられたら注文しようかと視線を巡らせると、私が入店した際にカウンターへと案内してくれた東南アジア系のお兄さんと目が合う。私が手を上げたり「すみません」と声を発したわけでもなく、ただ目が合った、それだけのことである。にも関わらずお兄さんは、すっと私のもとにやってきて「なにしましょう?」と聞いてくれたではないか。この唐突すぎる出来事に「ホッピーのナカで」と注文する私の顔は笑いをこらえることができなかった。お兄さんもしてやったりの微笑みを返してくれる。この神がかった対応はお店の教育の賜物なのだろうか。それとも東南アジア系お兄さんのパーソナリティによるものなのだろうか。どちらにせよ、はじめて訪れた老舗酒場で、これまでに経験したことのないホスピタリティを感じてしまうのだった。
店を出た私の前に広がっていたのは、宵の口の池袋。これから呑みにいこうかと息巻く人々の姿が多く見られた。「おすすめの酒場、ここにありますよ」と彼らに大声で教えてあげたい気持ちにかられる。三福とお兄さんのホスピタリティによって、それほどまでに私の心は満たされていたのだ。
多文化共生や多様性が声高に叫ばれ、それに対する反発として日本人としてのアイデンティティ守るよう訴える声も大きい。問題なのは、日本の伝統や文化や習慣やルールが、日本人以外の手によって貶められることへの危惧だろう。私も日本がこれまでのように平和で、他者への礼節と尊重をもった社会が続いてほしいと願っている。しかしだからといって、そのために外国人を一括りに悪だと決めつけてしまうのはいかがなものだろうか。三福で神がかった対応をしてくれた東南アジア系お兄さん。彼のように、日本という異国の酒場文化にありながら、その全貌を理解し、日本人のうるさ型の客をも唸らせる秀逸な接客を見せるような人材には、むしろ積極的に門戸を開くべきだなのではないだろうかと思う。酒場に立つ人は時代によって巡りながら、酒場文化は尊重され、連綿と受け継がれていく。こんな世の中が妥協点かな、などと思いながら、いつもより少し酔っている自分に気づくのであった。

