【池袋「豊田屋 二号店」】昭和が香る、奥深き大人の社交場

酒場をめぐる

大衆酒場は大人の社交場、なんて言い方がある。もちろんそれは仰るとおりで、未成年が立ち入ることは歓迎されるべきではないし、友人や仕事仲間と連れ立って酒を酌み交わしながら、ああでもないこうでもないと、くだらない話やしょーもない話やどーでもいい話を交わすことができるのは大衆酒場の醍醐味であろう。しかし、ひとりで酒場へ赴く機会が圧倒的に多い私の前では、その大人の社交場という言葉の意味は薄れてくる。ひとり寡黙に酒を傾け、ツマミを口へと運び、程よく酔ったところでお会計を済ませ、おもむろに店を後にする。そんなことを繰り返しているのだから、酒場で店員さん以外の人と言葉を交わすことなどまずないのである。正確には、過去に一度しか、そのような経験がない。そのたった一度の貴重な出来事を体験したのが、池袋の老舗大衆酒場「豊田屋」なのである。

池袋西口の老舗、昭和の香りただよう「豊田屋」


豊田屋の歴史を紐解くことは、なかなか容易でないことに気づく。どんなに手を尽くしても、創業年や沿革などの正確な記述に今のところたどり着くことができないのだ。しかしこの外観の佇まいや客層から鑑みるに、かなりの年月をこの場所で刻んできたことは想像に難くない。「ふくろ」や「三福」などと並び称される、池袋エリアを代表する老舗大衆酒場だ。本記事のタイトルに「豊田屋 二号店」と記したのは、このあたりに豊田屋を冠する店舗が3店あったため。しかし肝心の一号店が2021年末に閉店(休業?)してしまったことから、今現在その号数が正確なのかは謎だ。とにもかくにも、私のような小心者には若干の入りづらさを感じさせる2号店の暖簾を、勇気を出してくぐってみた。するとそこには、昭和の時代を凝縮して閉じ込めたような、色濃い世界が広がっていた。それぞれに酒を愉しむおじいさんとおじさんとオヤジとおやっさんとサラリーマンをかき分けて、カウンター席へと腰を下ろした。

無骨にして優しい。男の鏡みたいなメニューがそろう


室内灯が反射して見づらいメニュー写真となってしまったが、豊田屋に来たらやはりやきとんややきとりなど、焼き物は外せないところだろう。そこにビールや酎ハイなど、無骨とも思えるドリンクを男らしく合わせていきたい。ところでホッピーは瓶ビールのカテゴリーに入って良いのだろうか。そのあたりにも店のアイデンティティが感じられる。煮込みに対する自信というか、際立った存在感が男らしい。


飾らない、でもそこがいい、みたいな一品料理たち。オールラウンドな品揃えにして、メニュー全体に漂う昭和の香りが素敵すぎる。そして300〜400円台が中心と、おじさん達にとても優しい価格設定がとにかく魅力的だ。どれを肴に呑んでも、昭和らしく、男らしく自分を演出してくれそうだ。

リーズナブルでも、酒呑みを納得させる確かな味わい


この日はサクッと呑んで帰りたかったので、少数精鋭でオーダーしたいところ。あって良かった安心のサッポロラガー大瓶(605円)からスタート。この手のお店にこれがあると、もう鬼に金棒と言うほかないだろう。手酌でちびちびとやりつつ、おつまみを待つ。


さくっとさっぱり呑みたいときの強い味方、酢だこ(440円)。たこは肉厚で歯ごた充分。しっかりと酢がきいているから食欲も呑み欲も湧いてくる一品。


看板や赤ちょうちんに「やきとん」と掲げる店なのだから、やきとん盛り合わせ(715円)を頼んでみたくなるのは当然の思考。今回はタレでオーダーしたのだが、甘さと辛さのバランスが丁度良い。肉厚で一串のボリューム感がしっかりとしている嬉しい盛り合わせ、ひとりで5本を相手にするのはお腹のコンディションと相談するべきかもしれない。

豊田屋に30年来通うベテラン大先輩の生き様を聞く


いつものようにビールを呑み、酢だことやきとんを頬張りつつも、カメラで手元を撮りまくり、またスマホをいろいろと弄っていると、カウンターの隣席に座っていた老人が話しかけてきた。「メカにお強いんですね」。酒場で人に話しかけられた経験がない私は、一瞬大いに戸惑っていたことだろう。しかもカメラもスマホも私が日常的に使っているものであり、それらに精通している意識など微塵もなかっただけに、返答に窮する質問を突然投げかけられた格好となったわけだから、頭の回転が追いつかなかったとも言えるだろう。「メカ」って随分と懐かしい言葉だなと思いながら、やがてその老人との語らいがはじまった。

年の頃は60代後半くらいだろうか。この時代の人にしては背が高く、いわゆるオジサンが集うこの酒場の中ではとてもスマートな人物という印象を受ける。言葉の選び方も上品で、ユーモアのセンスも悪くない。今思うと、こういう老人になれる人生なら、そんなに悪くないかもしれないと思わせる人物だった。

話し好きの性格なのだろう、この酒場に30年は通っていること、地方から上京してきて嫌な思いもしながら東京で努力してきたこと、若い頃は池袋界隈でやんちゃなこともしたことなど、さまざまな話を聞かせてくれた。見ず知らずの人物の昔話なのだが、この手の話は大好物としている私は、とても楽しく聞かせてもらったのだった。サクッと呑んで帰ろうとしていた考えもどこかへと吹き飛び、ふたりして当然のように酒の杯を重ねていった。


どうやら私のことを気に入ってくれたのかもしれない。老人は私に、奢るから何でも好きなものを頼めと言ってくれた。恐縮しつつも、私はいつもの酎ハイをオーダーした。もっともリーズナブルなお酒だから私が遠慮したと思ったのだろう、もっと良いものを呑めと彼は言ってくれたのだが、私は酎ハイが好きなのだ告げる。それを聞いた彼のなんとも言えない表情がなぜか今も忘れられずにいる。

お酒の力で初対面の壁を取り払う、それが大人の社交場

お互い調子よく酔ったところで、ふたりして会計を済ませ、店の出口で別れた。今夜豊田屋に行けば、またその老人と再会することができるかもしれない。大人の社交場ってこういうことなんだなと、豊田屋に教えてもらったような気がする。私が老人と言葉を交わしたのは、単に老人が話し好きだったからではないと思う。豊田屋の店内に充満した和気あいあいとした空気感が我々の距離を近づけ、会話を生み、充実した時間を生み出したのではないだろうか。面識のない初対面の人間同士でも、酒場とお酒によってその壁を取り払うことができる。その会話から新しい友情が生まれるかもしれないし、新しいビジネスが生まれるかもしれない。さらに人の輪が広がるかもしれない。酒場には人生をもっと面白くする可能性が大いに潜んでいるんだなあ、と思わされたのだった。

店名/豊田屋 二号店
住所/東京都豊島区西池袋1-34-5
電話/03-3985-8415
営業時間/15:00~21:00
定休日/無休

※本記事は筆者訪問日(2021年12月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。