【吉祥寺「いせや(総本店)」】名物は煙かもしれない老舗の風格

大衆酒場・居酒屋

名物といえば、その店で一番人気のあるメニューであったり、店の代名詞として世間に認知されたものを指すのが一般的だろう。ところが飲食店にも関わらず、食べ物や飲み物以外のものが名物と呼ばれるパターンも少なからず存在する。例えば文化財として指定されるほど歴史ある建物であったり、あるいは店内で動物と触れ合うことができたり。名物のあり方も、店によって千差万別といったところだ。今回訪れた吉祥寺の老舗酒場「いせや」の名物は、私が思うに「煙」なのではないかと思う。まるで火の不始末でもあったかと思うほどの外観、時に煙で視界がぼやける店内。いせやの魅力は煙とともにあると言える。

創業90年以上、吉祥寺の主こと「いせや」

JR吉祥寺駅の改札を抜け、さまざまな飲食店が軒を連ねる通りを行く。井の頭公園がほどなく見えてくるころ、辺り一面に勢いよく煙を放つ独特の店が現れる。吉祥寺の主たる酒場「いせや」の総本店だ。昭和3年に精肉店として創業したいせやは、その後昭和29年からすき焼きと焼鳥の飲食店へと業態転換、吉祥寺の地で長きに渡って愛される店となった。2008年、老朽化によって店舗を刷新したが、味わいのある老舗の趣、そして名物の煙はしっかりと受け継がれている。

多くはないが奥深い、いせやのお品書き


いせやのお品書きを眺めると、飲み物もフードメニューも、そこまで品数が多いとは言えない。でも、それがいいんじゃないかな、と思う。便利さを追求し尽くした世の中で、その便利さに慣れすぎてはいけないように。いせやのメニューからは、古き良き大衆酒場の潔さを感じることができる。多くを増やさず、お客さんから支持されるメニューのみを厳選しているようにも感じる。価格もしっかりおさえてくれていて、安心して呑むことができる。

瓶ビール、焼き鳥、シューマイ、盤石のメニューでしっぽり

眩しい陽の光に反比例するように、すこし薄暗いとさえ思える店内に足を踏み入れると、カウンター席の端に通された。周囲の席に陣取り、すでに調子よく飲んでいる人生の先輩たち。そのテーブルを見て、メニュー表を開くことなく「赤星!」と発声。一体どうして、サッポロラガーが置いてあるお店ってこんなにも高揚するのだろうか。

先陣を切ってやってきたおつまみは、いせやの人気メニュー、自家製シューマイ。大ぶりで愛らしい姿のシューマイが3個、噛めばジュワッと肉汁があふれてくる。醤油をかけてもそのままでも、しっかり味わうことができる一品だ。

遅れてやってきたのは、タレで頼んだミックス焼き鳥。この店の名物と勝手に決めつけた煙を、つい今しがたまで発していたであろう熱々の焼き鳥を頬張る。これを食べないと、いせやに来た意味などないよなぁ、などと感心する。この甘辛いタレだけでも、ビールがくいくい進んでいく。

赤星があっという間に消えていったので、ここで酎ハイにチェンジ。最近は、いわゆる大衆酒場に来たら瓶ビールから酎ハイへと展開するパターンが多い。飲み物の味がシンプルであればあるほど、おつまみの味が際立つような気がするのだが、これは単なる気のせいかもしれない。

飲み方、楽しみ方はそれぞれ。煙に包まれた憩いの空間

ふと隣の席を見ると、人生の先輩が追加でオーダーした焼酎を天高くからグラスへと注いでいる光景が広がっていた。その慎重にして大胆な手さばきは、人間国宝の職人を彷彿とさせるものだった。

カウンターの対岸へ目をやると、常連と思しきふたりの先輩と、若い店員さんがスマホを見ながら談笑中。会話の内容はわからなかったけど、世代の異なる人同士が、ほんの一瞬であっても笑い合える時間は貴重だなと思う。そう、酒場では一人にもなれるし、人と笑顔になることもできるんだ。

いつも、何度でも訪れたい不思議な魅力

私がいせや(総本店)を訪れるのは、おそらく2回めだったろう。初回は真夏の暑さの強烈な日で、店内にエアコンがない?壊れていた?とかで大汗を流しながらビールを喉へと流し込んだ記憶がある。そんな状況だったのにも関わらず、また絶対行きたいと思わせる不思議な魅力を、いせやには感じていた。久しぶりの再訪、その時に感じた魅力はちっとも揺らいでいなかった。

 

店名/いせや(総本店)
住所/東京都武蔵野市御殿山1-2-1
電話/0422-47-1008
営業時間/12:00~22:00
定休日/火曜日

※本記事は筆者訪問日(2021年4月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。