酒場でひとり酒を飲む。こんなにも孤独で、こんなにも寂しい行いもなかなかないだろう。でもそれがいいんだよな、と思う。むしろ酒飲みは、孤独になりたいからこそ酒場へ行くのだ。孤独を楽しめる大人のために存在する場所、それが酒場なのかもしれない。今回訪れた大宮駅東口前の名店「いづみや」には、まさにそんな大人のための「極上の孤独」が待ちうけている。
昭和22年創業、大宮駅東口の門番「いづみや」
JR大宮駅東口に降り立ち、広がるロータリーの奥へと目を向ける。そこには実に70年以上にもわたりこの地を見守ってきた、大宮の門番ともいうべき大衆酒場「いづみや」の勇姿を捉えることができる。本店と支店が隣り合って佇むさまは、まさに圧巻。これからあの店に足を踏み入れるんだ、そんな喜びと緊張の混じり合った、なんとも不思議な感情に包まれる。
セピア色の世界観、そして圧巻のお品書きたち
店内に足を踏み入れて衝撃を受けない者はいないであろう、壁一面に展開するお品書きの圧力。種類の豊富さに驚くことはもちろん、味わい深い書体、壁と一体になったセピアの色彩も素晴らしい。名店の秘訣は「品書きを見るだけで飲める」ことなのかもしれない。
壁面のお品書き以外にも、ホワイトボードに本日のおすすめがあるので注目したい。メニュー豊富で500円以下が大半を占めるリーズナブルさ。リーズナブルということは、一品一品がすべて一人前とうことなのだろう。ひとりで訪れても、つまみの量が多すぎることなく、さまざまな味が楽しめるという配慮なのかなと推測できる。
好きな酒と好きなつまみを、好き勝手に楽しむ贅沢
なにはともあれ、サッポロラガービール(赤星)をオーダー。即座にやってきたいつものやつは、この店のオーラをまとって、いつも以上に有り難いもののように感じられた。
初訪の店では必ず頼んでしまう煮込み。もはや自分のなかでもつ煮は「バーテンダーの腕前を試すならジントニックを飲めばいい」みたいな重要なポジションにあるおつまみとなっている。大ぶりのモツは歯ごたえしっかり、よく煮込まれていて及第点を軽々と超えてきた。
もつ煮に七味でも、と思い卓上を見渡すとコレを発見。かつて「信濃の珍味」が封入されていたであろう瓶の、その蓋の2箇所に穴が開けられたものだ。コレを見た瞬間、この老舗大衆酒場が一気に自分のホームになったような気がした。こういうお茶目なところがいいんだよな、人間臭くて好きだなぁ。
もうひとつオーダーしていたわさび菜のおひたし。ぴりっとしていて爽やか。美味しいことはもちろんだけど、ちびちび食べるから長持ちするおつまみって、ひとつは頼んでおくと楽しいよね、と。
赤星に続いて、ワンパターンなことをすでに自覚しているけどやめられない酎ハイをオーダー。偶然にも店の世界観から外れることのないセピア色な一杯。心からくつろげる。
追加でもう一品。どう考えても家で作れるのに酒場へ来るとなぜかオーダーしてしまうランキング第1位のハムエッグ。醤油を少しかけていただくと、当然ながら完全に知っている味。でもこれが無性に食べたくなるんだよな。
素性が謎な客たちと、威勢が良くやさしいおねえさまたち
いづみやへ訪れて心躍ったのは、酒やつまみ、店の雰囲気ばかりではない。ここに集う人々もまた、他の店では見られないほど個性的で特徴的なのだ。客の9割は中高年の男性ひとり客。それも、この人どんな仕事してるんだろうなあ、と興味がわいてしまう類の人々だ。スーツにハットまでかぶっている紳士なのになぜか素性が読めない人、チェゲバラのTシャツを纏って空の瓶ビールをいつまでもコップに注ぎ続ける人、アロハシャツを着こなして酒などに目もくれず一心不乱に読書を続ける人、などなど。私もきっと彼らと同じ匂いを醸し出しているんだろうなあと思いながら、この状況に心を休めている自分に気づいてみる。
お店のプレーヤーでもうひとつ、欠かせない重要な要素は、てきぱきと動き回り、あっという間にお酒やおつまみを届けてくれるおねえさま方だ。私が席に座るなり、お品書きを見る間もなく「なにする?」と聞いてくるスピード感はさすがの一言。一見するとつっけんどんで取り付く島がないように思えるが、このおねえさま方、実はみなとても優しいのだ。汁物を提供したお客さんには「ティッシュここにあるから使ってね」とか、おつまみの提供が遅くなったお客さんには「ごめんね、遅くなって」などとしっかり声をかけてくれる。そして男性のひとり客はみな、少しだけ笑顔になったりする。
孤独でありながら、ひとりじゃないことを実感させてくれる店
思いがあまって、日本酒とタコ刺しを追加オーダー。この店のシメとして頼んだのかもしれない。これらをちびちびとやりながら、いづみやの魅力について改めて考えてみた。私はたぶん、孤独になるために酒場へ行く。日常のわずらわしさから逃れて、ひとり自分を取り戻したいと考えているのかもしれない。そんな私をいづみやはしっかりと受け止めてくれ、さらにおねえさまたちの働きぶりや心地よい距離感の声がけによって、私はひとりじゃないんだと気づかせてくれた。私はいま、孤独だけどひとりじゃない。こんな気持にさせてくれた名店いづみや、また訪れるほかはないだろう。
店名/いづみや(本店)
住所/埼玉県さいたま市大宮区大門町1-29
電話/048-641-0211
営業時間/10:00~22:15
定休日/月2回不定休※本記事は筆者訪問日(2021年6月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。