渋谷である。泣く子も黙る渋谷である。若者の街と呼ばれて久しいし、近年ではIT企業が数多く進出しているイメージがあるかもしれない。いつも、いつまでも再開発が行われているためか、たとえ東京都民であっても、少しご無沙汰するともう自分の知っている景色が失われていたりする。知っているはずの渋谷で、危うく迷子になりかけてしまったりするのである。歳を重ねるほど、大人になるほど、渋谷の街へ足が向かなくなるのも、ひとつの真実なんだろうと思う。
だがそんな渋谷にありながら、長い歴史を積み重ねることで、まるで実家にいるような安心感をまとった酒場がある。それが今回紹介する「山家(やまが)」。時の流れを感じる佇まいに、いつでもお酒にありつける24時間営業、お酒もおつまみももちろん充実。渋谷の酒呑みなら、誰でも一度はその暖簾をくぐっていることだろう。
戦後間もない頃から、渋谷を見続けてきた「山家」。
京王井の頭線の渋谷駅、高架下の西口改札を抜けて右奥へ視線を移すと、黄色地に黒い文字で「山家」と書かれた看板に目が留まる。焼鳥を焼く煙の香ばしさが路上にまで溢れ出る、渋谷の名酒場である。昭和22年ごろに乾物屋としてスタートし、やがて焼鳥居酒屋となったことで大繁盛、今では同じブロックに本店と複数の支店が軒を連ねるまでになったという。演歌界の大御所である北島三郎さんが、若かりし頃に「流し」としてこの店にも歌いに来ていたという逸話が残っているなど、その歴史の長さに畏敬の念を抱かずにはいられない。香ばしい焼鳥と美味しいお酒で、戦後日本の高度成長を支えてきたお店なんだなと思うと、非常に感慨深いものがある。
焼鳥を中心に、圧巻のおつまみラインナップ
カウンター席へと通され、早速メニューをご開帳。メニュー表の1ページ目に記されているのはもちろん焼鳥。焼鳥というカテゴリーの中に「とり」と「モツ」が存在しているため慣れない人は混乱するかもしれないが、ここはシンプルに「焼鳥=串焼き」と考えるといいだろう。鶏を使った串焼きか、豚を使った串焼きか、それだけの違いだ。そして酒呑み的にはすぐに出てくる「特急品MENU」の記載はかなり嬉しいところだ。
こちらは一品料理のメニュー。なんというか、うまく言えないのが本当にもどかしいのだが、酒場のメニューのお手本のようなラインナップではないだろうか。そうそう、お酒呑むときってこういうのつまみたいんだよね、と独りごちたくなる品々がぎゅっと詰まっているではないか。
さらに一品料理メニューとドリンクメニュー。一品料理は上の写真のメニューと若干被っているが、何も気にする必要はない。酒呑みにとってはとても壮観な眺めではないか。
キリンラガーの生からはじまる、ひとりのささやかな楽しみ。
私が山家を愛する理由のひとつに、生ビールがキリンラガー(520円)である、ということが挙げられる。思うに、キリンラガーの生ビールを常備している居酒屋って、かなり希少な存在なのではないか。黒ラベルともスーパードライとも、同じキリンの一番搾りとも違う、しっかりと苦味の効いたキリンラガー生。これはもう少し普及しても良いような気がする。いや、あまり普及しすぎちゃうと山家へ来る楽しみが半減するし、これは歯がゆい問題だ。
私の好きなおつまみランキングでトップ3に入る〆サバ(690円)をオーダー。山家でコレを食べるのはおそらく初めてで、それゆえにまず盛り付けの美しさに感動してしまった。焼鳥をメインとするお店が、これほどまでに素敵な〆サバを食べさせてくれるなんて。もちろん味も一級品。これだけで、今日はいい日だと思えるレベルだ。
そしてやってきたのはメインのとり盛り(770円)。メニューにも記されているとおり、皮・砂肝・つくね・ねぎ間・レバーの5本セット。今回はタレでいただく。辛さと甘さのバランスが丁度いいタレに、一串一串がしっかりとボリューミー。満足できる一品だ。
焼鳥によってビールが奪われてしまったので、毎度おなじみ酎ハイ(490円)をオーダー。このブログ的にはいろいろなドリンクを呑んだほうが良いのは重々承知している。でも酎ハイが好きなんだもの、仕方がないではないか。
そしてもう一品、焼きなすを頼んでみた。想像する焼きなすの味から大きく逸脱することはないが、こういう昔ながらのシンプルな一品が、なんだかとっても食べたくなっちゃうんだよな。
連綿と受け継がれてきたであろう、客たちの声と笑顔
休日の昼下がり、山家は程よい活気に包まれていたように思う。ひとりで静かにお酒を傾ける男性陣、話に花を咲かせるカップル、女性同士のテーブルもにぎやかだ。性別も年代も超えて、さまざまなお客さんがそれぞれにお酒を楽しんでいる。この風景は、戦後間もない頃から連綿と受け継がれてきたものなのだろう。今日この場に集った全員が生まれる前からこの店は営業していて、そしておそらく、全員がこの世を去ったあとも、新しい世代を受け入れながら粛々と営業を続いていく。果てしない時間の流れを、お酒にふやけた頭で想像してみると、なんだか少し切なくなってみたりして。
おしゃれとは程遠い、でもそれがいい。果てしない安心感のある店
若者とかファッションとか、おしゃれとか最先端とか、さまざまな形容詞で飾られる渋谷の街にありながら、そんな渋谷のイメージとは真逆の存在感を放つ酒場「山家」。年季の入った店内、今どきの華やかさなど皆無なメニュー。でもそれがいいじゃないか、と思う。そんなだからこそ、心からくつろげて、お酒を美味しく楽しむことができる。朝も昼も夜も、ここに来れば、いつだってそんな気分に浸ることができるのだ。思わず「ただいま」と言ってしまいそうだし、なんなら「おかえり」と言ってくれそうな気すらする山家。渋谷を訪れたら、渋谷に疲れたら、ふらっと立ち寄ってみるのも良いだろう。
店名/山家 本店
住所/東京都渋谷区道玄坂1-5-9 ザ・レンガビル 1F
電話/03-3461-3010
営業時間/24時間
定休日/年中無休※本記事は筆者訪問日(2021年10月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。