新宿の自由で混沌とした創造の空気を凝縮した「ぼるが」

新宿西口の酒場のなかでも「ぼるが」は独特の存在として知られている。駅前には多くの居酒屋や飲食店が並ぶが、その多くは会社員の仕事帰りの酒場として機能してきた。それに対してぼるがは、長年にわたり文学者や映画人、芸術家など文化活動に関わる人々が集う店として語られてきた酒場である。ビジネスマンが行き交う新宿西口の一角にありながら、文化人の交流の場として機能してきた点に、この店の特異性がある。
ぼるがの歴史は、戦後の新宿の闇市文化と結びついている。前章で述べた闇市の流れを受け継ぐ飲食街である思い出横丁、ぼるがはもともとこの横丁で営業していた店であり、昭和33年(1958年)に現在の小田急ハルク裏へ移転したとされる。闇市的な飲食文化を出自としながら、西口の都市整備やビジネス街化とともに営業を続けてきた点は、この店の歴史を理解するうえで欠かすことのできない要素だ。
この店が文化人の集まる場所として知られるようになった背景のひとつには、戦後の新宿という街が持っていた文化的背景がある。1950年代から1970年代にかけて、新宿は文学、演劇、映画、美術などさまざまな文化活動の拠点として知られていた。東口にはゴールデン街やジャズ喫茶、前衛演劇の劇場などが集まり、作家、映画人、画家、演劇人といった文化人がこの街に出入りしていた。新宿は都市文化の実験場のような場所であり、多様な表現活動が交差する街でもあった。
また、ぼるがの初代店主は俳句をたしなみ、ロシア文学にも深い造詣を持っていた人物であったと伝えられている。店名を日本人に馴染みのない言葉、ロシアの大河ヴォルガに由来する「ぼるが」とするなど、初代店主は酒場の主人でありながら数多の文化人に一目置かれる存在であったため、この場所に自然と文化人たちが集まったと考えられる。文学者や映画人、芸術家など、異なる分野の表現者が夜ごと同じ酒場に集い言葉を交わす風景は、新宿という街の自由で混沌とした創造の空気を象徴するものでもあったと言えるだろう。
ぼるがに集まった文化人たちに関しては、俳人であり作家の石川桂郎(1909〜75)の随筆『「ぼるが」に集う人人』に詳しいため一部引用する。
この店の客筋を私の識る限りでご紹介しよう。
先ず俳人では、中村草田男、石田波郷、中島斌雄、滝春一、高須茂、池上浩山人、岸風三楼、加倉井秋を、栗林一石路、志摩芳次郎、田中午次郎、伊庭心猿その他、四、五十人が毎夜のごとく隔日のごとく集まる。草田男、波郷、斌雄らは月に一、二度組と言えようか。
歌人では宮柊二と佐藤佐太郎の顔がよく見られ、両氏とも大変な酔っぱらいである。小説家の梅崎春生、安部公房、中野重治、榛葉英治、壷井繁治、浜本浩、今官一、保高徳蔵らは常連。
映画人またはラジオの声優として岸旗江、英百合子、藤原釜足、伊藤雄之助、恩田清二郎、それに映画監督の山本薩夫。
彫刻、画家では本郷新、朝倉摂、高橋忠弥、岡部文之助、それに昨今横山泰三と共に漫画界の人気者である荻原賢次の顔もときどき見える。
といってもこの私が、以上名を挙げた人達のすべてと親しく話し、盃をかわしているわけではない。古い友達のいまニッポン放送夜十時の「裸一貫」で語り手をつとめている恩田清二郎、俳句の師であり畏敬する先輩の波郷、草田男、一石路、それから親しい仲間である高須茂、風三楼等。山本薩夫さん、その実兄である建築家の山本勝己、梅崎春生、安部公房、佐酸佐太郎、宮柊二、高橋忠弥、荻原賢次、藤原釜足といった人達とは顔があえば話合い、おたがいの邪魔にならぬ範囲で盃を交わす。興に乗って喧嘩口論にまで及ぶこともある。別れ別れになった途端にそれはもうケロリと忘れてしまう、そんな他愛ない喧嘩口論ではあるけれども…。
この随筆からも分かるように、ぼるがには実にさまざまなジャンルの文化人たちが集い、毎夜毎夜盃を交わしていたようである。議論が発展して口論となり、暴力沙汰にまで至ることもあったようだが、石川の随筆にはそのたびに当時の店主が熱くなった酔客をなだめ、その場を収めていたとの記述もある。
このように「ぼるが」は、闇市文化を出自とする酒場でありながら、創業者の文化的関心と新宿という街の芸術的な土壌が重なり合うことで、文化人が集う場所として独自の位置を占めるようになったのである。新宿西口の酒場文化のなかでも、この店が特別な意味を持つ理由はここにある。
静まり返った店内と電話のベル、忘れがたい酒場体験

レンガ壁に蔦の絡まった独特の佇まいを見せるぼるが。一見すると何のための建物かわからないこともあろうが、時代を感じさせる看板に「愛酒家」と記されていることから、酒場であることがようやく伺える。この店のことを何も知らない人にとっては、一見でふらっと入るには随分と高いハードルを感じることだろう。この他には類を見ない外観は、店にとって好ましくない、あるいはこの店について知識を持たない客を選別することに寄与しているのかもしれない。店名は「ぼるが」であるはずだが「ボルガ」とカタカナでの表記も見られるあたりはご愛嬌なのだろうか。もともとはカタカナで名乗っていたのだろうか、真相は今となっては誰にもわからないというところだろう。

店内の装いは、例えるならば古い山小屋といったところだろうか。黒く塗られた木材が使われているのか、はたまた長年にわたる使用によって黒ずんでしまった木材なのかはわからないが、とにかくダークな木調の空間が広がっている。照明もカウンターや各テーブルなど要所にのみ据えられているため、店内の暗さがさらに際立つかたちとなっている。案内されたカウンターの正面には、酒瓶やグラス、置物の類が幾重にも並べられている。酒瓶の中のお酒は誰かがキープしたものなのだろうか。かなり年季が入っているものも見受けられる。置物のなかには著名な文化人が海外へ取材に行った土産として置いていったものがあるのかもしれない、などと考えると自分勝手な感慨深さを感じることもできる。

お通しの切り干し大根をアテに瓶ビールをちびちびと呑んでいるところへ、店の名物として掲げられるもつ焼きがやってきた。店の入口の脇、香り高い煙を外へ排出している焼き場で焼かれていたものだ。甘辛いタレの香ばしさ、串5本の盛り合わせは少しやんちゃが過ぎたかなとは思ったのだが、その味わい深さにあっという間に平らげてしまった。

先客にはいぶし銀の男性がふたり。それぞれが自分の時間を慈しむかのように、慣れた手つきで酒を口へと運んでいる。昭和の文化人たちがこの店内で荒ぶっていた風景などどこへやら、非常にスマートで知的な印象を受けるふたりだ。現役時代からこの店を馴染みにしていて、引退した後も足繁く通っている常連客、そんなところだろうか。そんな老後もきっと悪くないのだろう。
思えば、店内はやけに静まり返っている。音楽やラジオが流れているわけでもなく、聞こえるのは店員さんの事務的なやりとりと調理の音、そして客のグラスや皿から聞こえるわずかな振動のみだ。平日の夕方、開店間もない時間帯、客が少ないということもあるが、この静けさは酒場にはあるまじきものだ。だがそれが心地よい。この暗く静かな空間で、酒と自分に向き合う時間はとても贅沢であるように感じる。いわゆる大衆酒場の金額で、ここまで豊かな時間が味わえるのであれば、これ以上に何を望むだろうか。

ところが突然、電話の音が静寂の空間を切り裂く。それも「ジリリリ」というアナログ時代の電話のベルの音だ。カウンターの隅に設置されていたピンク色の公衆電話、昔の名残でそこに居座り続けている代物かと思いきや、しっかりと現役で稼働していたとは。店の女将さんが受話器を取り「ぼるがでございます」と語りかける。どうやら予約の電話のようで、女将さんはノートにペンで予約内容を書き込む。この店にとっては日常の風景なのだろうが、PCとスマホでいつでもネットに繋がるこのご時世に、なんだかとても尊い、有り難いものを見せてもらったような気がした。

酎ハイとおしんこでさらにこの店を味わいつつ、客が増えてきたこともあって程なく店を後にした。あたりはすっかり暗くなり「ぼるが」と記された看板にも光が灯っていた。名だたる文化人たちもさんざん呑んだ挙げ句に、今の私と同じようにこの看板を見上げていたことだろう。何か特別な体験があったわけでもないのだが、ちょっと忘れがたい酒場体験となったことは言うまでもない。
変わり続ける街の記憶をつなぐ存在「ぼるが」

都市は常に更新され続ける存在である。しかし、その変化のなかで過去の経験や記憶が完全に消えることはない。新宿西口という街は、巨大な都市計画と人々の生活の積み重ねが交差しながら形成されてきた場所であり、その過程には戦後の都市再編、交通拠点としての機能の拡大、そして独自の飲食文化の蓄積が重層的に重なっている。
居酒屋「ぼるが」は、そのような都市の時間の流れのなかに位置する存在である。闇市に由来する酒場文化の系譜を背景に持ちながら、都市の成長とともに形を変え続けてきた新宿西口のなかで、街の記憶を媒介する場として機能してきたと言える。そこでは都市の合理的な構造の外側にある、人と人の関係や文化の交流といった要素が、日常の延長線上で維持されてきたのである。
またこの店の存在は、新宿という都市の持つ多層性を象徴するものでもある。都市は単なる経済活動の場ではなく、文化や表現が生まれ、共有される場でもある。そのなかで酒場は、異なる背景を持つ人々が出会い、言葉を交わす接点として重要な役割を果たしてきた。ぼるがは、そうした都市文化の一端を静かに支え続けてきた場所といえるだろう。
再開発によって街の景観は変わり続ける。しかし都市の価値は、建物の新しさだけで測ることはできない。過去の記憶がどのように現在へと引き継がれ、人々の経験のなかに息づいているか。その問いに向き合うとき、ぼるがという酒場の存在は、新宿西口という街を理解するためのひとつの視点を与えてくれるのである。

