隠れ家とかアジトとか呼ばれる、誰にも見つからない自分だけの場所に幼い頃から憧れていた。むしろ人生の折り返し地点を通過したかもしれない今でも、そんな場所に憧れ続けている。自分だけが入ることを許されたその場所で、やりたいことを思う存分楽しみ、疲れたら気の済むまで睡眠を貪り、目覚めたならまたやりたいことを再開する。いつかそんな場所に巡り合ってみたいものだと思う。
さて、新宿西口である。日本でもっとも人が集まってきて、もっともざわざわしているかもしれないこの場所に、実に入りづらい佇まいの、実に怪しげな酒場「やまと」はある。この場所にこんな酒場が?そんな疑問を抱かずにいられない「やまと」には、私が夢見てきた隠れ家を彷彿とさせる、奥深い何かが隠されているように思う。
入りづらくて温かい、謎多き“飯田系列”の酒場「やまと」
新宿西口は小田急百貨店新宿店(小田急ハルク)の裏手あたり、こぢんまりとした飲食店が軒を連ねるエリアに「やまと」はある。一見の客を意図的に遠ざけるような無骨で色気のない外観、でも勇気を出して中へ踏み入れると、手のひらを返したように温かくフレンドリーな内観が広がっている。このような特殊な手法を駆使して店舗を拡大しているのは、業界では知る人ぞ知る「有限会社飯田」なる企業で「やまと」もこの“飯田系”酒場のひとつ。私はこれまでに、歌舞伎町の奥地に潜む怪しげな外観の「アルプス」や、まるで料亭のような外観で入りづらさ際立つ神楽坂の「竹子」、池袋のまるで牢獄のような「小池」、目黒の薄暗い路地にある「みどり」など、このグループの酒場をいくつか訪問してきたが、どの店も雰囲気の良さは格別。また店舗によるが、生ビールが80円〜290円と圧倒的に安いことも大きな特徴と言えるだろう。
囲われたひとり席にタッチパネル注文、無上の気楽さがここに
そんな大人の隠れ家たる「やまと」に足を踏み入れ、あっという間に案内されたのは、周囲を壁とパーテーションに囲われた完璧なひとり席。しかも注文は壁掛けのタッチパネル方式なので、若干のコミュ障を患う私には最高のロケーションと言える。コミュ障の議論は脇においておいたとしても、このように囲われた席に案内されることのデメリットは、店員さんを呼びづらいことだったりする。大きく手を挙げたり「すみませーん!」と大声を出さなければならないのは、なかなか骨の折れる作業。そんな心配が微塵も必要ない、気楽なことこの上ない席は、私としてはパーフェクトと言って良いかもしれないのだ。
さっそくタッチパネルを操作してドリンクメニューを物色する。この日の生ビールは220円。グループ店の80円表記に比べれば高く感じるかもしれないが、それでも新宿西口の相場に照らし合わせると破格の安さだ。ハイボールにサワー系、カクテル系など、一通りのドリンクが揃っている。
飯田系酒場の特徴は、寿司系メニューが充実しているところ。さんざん呑み食いしたあとで、シメとして寿司を頬張るなんて楽しみ方もできるのだ。寿司以外のおつまみメニューも肉から魚まで豊富に用意されている。ドリンクメニューの割安感と比較して、フードメニューは相場相応の金額感だろうか。ちなみにこの日の会計には、席料と称して410円が加算されていたことをいちおう書いておく。
ただ好きなものを呑み、好きなものを食べる。それがひとり呑みの真骨頂。
さてさて、それでは早速やっていこうではないか。生ビール(220円)はサッポロ黒ラベル。休日昼呑みの開放感からか、単に喉が乾いていたからか、いやいやお店の努力だろう、泡がきめ細かくていつも以上に美味しく感じた。
お通しとして配されたこちらは、筍とほうれん草のおひたしかな。素朴だけどこういうのがけっこう嬉しかったりするんだよな、と。
なにか海鮮系のしょっぱいものを、ということでオーダーした地魚なめろう(480円)。作りたて、ではないのかもしれないけど味付けは程よくて好み。やっぱりなめろう、いいよなぁ。
魚との対比で肉肉しいものもオーダーしてみる。牛すじ煮込み(540円)。酒場のたいていの煮込みがそうであるように、しっかりと濃い味タイプ。2〜3人前のボリュームなので、かなり長持ちしたのは言うまでもない。
何杯かの生ビールに続いて、私にしては珍しく緑茶ハイ(190円)をオーダーしてみた。きりっと爽やかで美味しい。しょっぱい系のおつまみが続いたから、だろうか。
普段あまり酒場でシメとなるものを食べないのだけど、ここでは食べたくなってしまう。トロたく巻き(650円)。大人になってから知ったネギトロとたくあんの強力な組み合わせ、それが巻物で味わえるとなれば頼まないわけにはいかない。お酒の席が、大満足のうちに大団円となりましたとさ。
狭いけど開放的、暗いけど明るい店内で、みんながそれぞれくつろいでいる。
この店を訪れたのは休日の昼前。店内には私の他に、見える範囲で2〜3組の男性客がいた。特段がやがやしている空間でもなかったので、彼らの話し声が断片的に聞こえてきてしまったのだが、仕事のこと、趣味のこと、世の中のことなどをひっきりなしに、それもずっと楽しそうに話していたのが印象的だった。あんなにも入りづらい外観なのに、入ってしまえば底抜けにアットホーム。これこそが大人の隠れ家たる「やまと」の、飯田系酒場の真骨頂のように感じた。ひとりでしっぽり、しかも開放的に引きこもりたい、そんな私を受け入れてくれるこの酒場は、足しげく通う価値のある場所だと強く思えた。
店名/やまと
住所/東京都新宿区西新宿1-4-18 大和ビル
電話/03-3345-4600
営業時間/11:00~23:00
定休日/無休※本記事は筆者訪問日(2022年10月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。