【淡路町「神田まつや」】お蕎麦の老舗にして伝統あるお店の理想形

蕎麦

伝統という言葉を紐解くと「古くからのしきたり・様式・傾向・思想・血筋など、有形無形の系統をうけ伝えること。また、うけついだ系統」とある。うん、わかるような、そうでもないような。またある老舗企業の歴史や沿革について「変革し続けることが伝統」という趣旨の解説を目にしたこともある。伝統とは一体何なのだろう。単に古いものが現代に残っていれば伝統なのか、古いものに現代の人の手が入っても伝統と呼べるのか。生活様式や価値観は常に変化し続けるし、世の中は変化し続ける。絶え間ない変化に対して、伝統は、伝統ある企業や店舗は、どうあるべきなのだろうか。その答えのひとつが、ここ「神田まつや」にあるのではないかと、私は思っている。

明治17年創業、親しみやすさが魅力の老舗「神田まつや」


明治17年創業、蕎麦の聖域である神田に根ざした、東京を代表する蕎麦の老舗「神田まつや」。美食家としても名高い小説家・池波正太郎さんに愛されたとされ、その著作にもたびたび登場している店でもある。大正14年に建築され、東京都の歴史的建造物にも指定されている建物からは、その歴史の深さと趣を五感で感じることができる。しかしながら店内に堅苦しさはなく、ひとりでも家族連れでも、誰もを分け隔てなく受け入れてくれる親しみやすさがある。これこそが、神田まつやの大きな魅力であると感じる。

老舗ながら、安心・鉄板の「おそば屋さん」な品揃え


訪問してから日が経ってしまったので、神田まつやさんのHPよりお品書きを拝借。明治年間から営業している老舗でありながら、このラインナップを見るとなんだかほっと安心できるのではないだろうか。気取らない、肩肘張らない、誰もが見たことのある「おそば屋さん」の品揃え。老舗蕎麦店でありながら、うどんのメニューもしっかり用意されているところがチャーミング。そして酒呑みの視点としては、お酒に蕎麦前としてつまめる一品がちゃんとある点を見逃してはいない。

蕎麦前をつまみながら、のんびりとお酒を傾ける


ビールももちろん用意されているけれど、お蕎麦屋さんに来たらやっぱり開幕からお酒(770円)を呑みたいもの。お品書きに表記はないが、神田まつやでは菊正宗が供されているようだ。常温のそれを口に含むと、少し檜のような香りを感じる。またお酒の付け合せとして蕎麦味噌も出してもらった。これが楽しめるのが蕎麦屋呑みの真骨頂なんじゃないか。お酒がどんどん進んでしまいそうで自重する。


蕎麦前の代表格だと個人的に思う板わさ。ここでは、わさびかまぼこ(770円)と記されている。いつもの素朴な味わいだが、菊正宗にばちっと合う感じがいいんだよな。


神田まつやに来たらこれを食べろ!という声が多いらしい焼き鳥(935円)をオーダー。柔らかい鶏肉が甘辛いタレをまとったそれは、他の店では味わえない至高の一品。これはいけない、お酒を追加しなければ。


さらにもう一品、ゆばわさび(770円)。他店ではゆばの刺身と呼ばれているかもしれない。そういえば、ゆばで日本酒呑んだことないかもしれないなあ、なんて思いながら、滋味深い味わいにまたやられてしまった。


それでは締めてまいりましょう、ということで、もりそばの大盛り(770円+大盛り165円)を。これには参った。コシの強さとのどごしの良さ。お蕎麦ってこういうことだよねと思わせる一杯。聞くと、蕎麦を打つ時間やその日の気候によって卵水の量を微妙に変えているのだとか。だからその日、その時、いちばん良い状態のお蕎麦を提供してくれるというわけだ。この、毎日欠かさない努力が、今でも行列のできる店を作り上げているんだろうなと思わずにいられない。

老舗なのに賑やか、誰もが食事やお酒を楽しめる店


今回、神田まつやへは休日の開店前から行列に並んで入店したわけなのだが、私が席に通された後も、続々と人が入ってきて、あっという間に満席状態となった。当然、店内は客の話し声や花番さんの声などであふれ、良く言えば活気があり、悪く言えばガヤガヤしている、となるかもしれない。このあたりの雰囲気は、近所にある同じく蕎麦の老舗で、凛とした空気感を感じる「かんだやぶそば」と一線を画している気がする。神田まつやはあくまでも庶民のための店であり、老舗といえど敷居は低いため誰もが食事やお酒を楽しめるのだろう。

日々の努力と、普段遣いの立ち位置、時に大きなチャレンジも。伝統ある店の理想形がここに。


先日、私がコンビニを訪れたところ、神田まつや監修のカップ麺を発見、思わず手にとってしまった。蕎麦の老舗がカップ麺?へえ、そういう時代なのかななんて思ったところ、よく見ると「カップ麺化10年目」と記されていた。知らぬは私ばかりだったのだが、それにしてもカップ麺化に踏み切った当時、周囲から大きな反対の声が上がったのではないかと勝手に推測する。人気ラーメン店がカップ麺を出すのとはわけが違う、明治から続く老舗蕎麦店による大きなチャレンジなのだから、伝統が品格がとツバを飛ばしながら叱責する人も少なからずいたのではないか。しかし、これまで書いてきたように、神田まつやは老舗ながら、庶民のための店作りを貫いてきた。だから庶民が食べるためのカップ麺に進出したとしても、大きな違和感はないのではないかと私は思う。むしろ老舗としての立場に胡座をかかず、新しいことにチャレンジする気概は称賛に値するだろう。付け加えると、この神田まつやのカップ蕎麦は、これまで食べてきたどのカップ蕎麦よりも美味しかったのだ。

神田まつやは明治創業の老舗蕎麦店である。歴史を感じさせる店舗の佇まいに、長い時を経て受け継いだ味や技が、現在もその味を支えていることだろう。しかしそこに留まることなく、その日その日のベストな状態をめざして配合を変える蕎麦や、季節ごとに登場するメニューなど、日々の努力や改善も怠らない。店はあくまでも庶民に向けて開かれており、店内は親しみやすさと活気に満ち溢れている。加えて、カップ麺化をはかるといった大きなチャレンジも忘れてはいない。私はこの神田まつやに、伝統ある企業や店舗の在り方の、ひとつの理想形を見る。受け継いできたものを大切に守り、しかしそこに胡座をかくことなく、顧客を愛し、日々努力と改善を重ね、時に大きなチャレンジも行う。それを繰り返すことで、気づけば、また新しい歴史と伝統が作り上げられているんだろうなと思う。お酒を呑んで蕎麦をすすっただけなのに、なんだか大切なことまで教えてくれた神田まつやさん、またきっとお伺いしたいと思う。

店名/神田まつや
住所/東京都千代田区神田須田町1-13
電話/03-3251-1556
営業時間/月~金11:00~20:30 土・祝11:00~19:30
定休日/日曜日

※本記事は筆者訪問日(2021年2月)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があります。
※充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。
※飲酒は20歳になってから。お酒は楽しく適量で。