世の中には実にさまざまなタイプの酒場が存在している。若い女性やカップルがおしゃれに呑むためのキラキラした酒場もあれば、「潰れてる?」と疑いたくなるほどの経年劣化で活気など一切ない(でも実は営業している)酒場もある。どんな酒場を選ぶか、どんな酒場を好むかはもちろん人それぞれだが、酒呑みは時に大いなる新しいチャレンジをしてみたくなるもの。今までに足を踏み入れたことのない、そして見るからに入りにくい酒場への冒険に挑みたくなるのだ。そこで今回は、そんなとっても入りにくい酒場へ乗り込む際に役に立つかもしれない心構えを6つご紹介しようと思う。新しい酒場へ挑む小さな冒険、すこしでもその参考になれば幸いである。
不安を乗り越えた先に最高の夜が待っている
とにかく気が引けるものだ。入りにくいと感じる酒場であればあるほど、店内の様子が見えないことが多い。思い切って暖簾をくぐれば店主がぶっきらぼうすぎるかもしれない、常連客が幅を利かせているかもしれない、おつまみが凄い味かもしれない、値段が凄いことになっているかもしれない、そもそも自分が客として歓迎されないかもしれないなどなど、多くの不安が脳をよぎる。それでも、そんな不安を乗り越え、勇気出したその先にしか味わえない一杯と、記憶に残る夜が待ち受けているかもしれない。だからこそ以下の心構えを実践して己の不安を乗り越えてもらいたいのだ。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え①「一杯呑んでから判断しよう」
これまでにも書いたように、未知の酒場は足を踏み入れた後の展開がまったく予想できないことが多い。そこにはいくつもの不安が付きまとうものだが、それらはいったん後回しにして「とりあえず一杯だけ呑んでみよう」という低いハードルをもって臨むのが良いと思う。お店の見た目の印象に囚われることなく、そのまま呑み続けるか退却するかの判断は、一杯呑んでからでも遅くはないのだから。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え②「呑ませていただく気持ちで」
入りにくい酒場には、店主のこだわりや独特のルールが存在することもある。それを「面倒くさい」と思うか「文化」として受け取るかで、そのお店で過ごす時間の楽しさがまったく変わってくるものだ。郷に入っては郷に従え。お店や常連さんたちに敬意を払いながら、成熟した文化の片隅を少しお借りして、新参者がお酒を呑ませていただく。このくらいの謙虚な気持ちでのぞめば、店主や常連たちが嫌な思いをすることも少ないのではないだろうか。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え③「最初のひとことは笑顔で」
みなさんの職場の人間関係を想像してほしい。仕事はできるけど挨拶をしない人と、仕事はイマイチだけど毎朝元気に挨拶してくれる人、どちらが好かれているだろうか。私としては圧倒的に後者に魅力を感じる(あくまでも人間的な意味で)。これは酒場でも同じことが言えるはずで、入店の瞬間から店主や常連さんたちとの会話ははじまっていると考えて良い。だからこそ「こんばんは」「ひとりです」「大丈夫ですか?」のひとことを、ぜひ笑顔でやっていただきたい。最初の3秒がその夜の空気を決めるかもしれないのだ。また早い段階で店主や店員さんに「初めてです」と伝えておくと、特に個人店などでは「なぜこの店を?」といった質問をきっかけに会話が広がっていくケースも考えられる。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え④「常連に混ざる必要はない」
先ほどから何度も登場しているとおり、入りにくい酒場のハードルを上げているのは、店主よりもむしろ常連の存在なのかもしれない。店の特等席に陣取り、大きめの声で周囲を威圧するように酒をあおるといったステレオタイプなイメージが勝手に付きまとうが、こちらはとにかく新参者ゆえ、彼らに混ざって会話に参加する必要などないと心がけよう。いつものようにひとり静かにお酒を嗜んでいれば、もしかしたら常連のほうから話しかけてくれることもあるかもしれない。その時が来たら、会話に参加するもよし、ひとことふたことで会話を終わらせるもよし、自分の気分を優先して判断すればいい。店の文化は守られるべきだが、それを侵さない範囲であれば、自分の呑み方を追求してよいと思う。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え⑤「逃げ道を用意しておく」
勇気を出して暖簾をくぐった酒場ではあるけれど、やっぱり自分には合わなかったと思うこともあるだろう。「ちょっと違ったな」と思いながら呑むお酒が美味しいわけもないので、その際はほどほどのタイミングで店を後にして構わないと思う。入口の近くの席に座るとか、呑み続けるか退店するかを判断する時間を決めておくとか、あらかじめ自分の引き際を作っておくことで、入店前の気持ちも楽になることだろう。
入りにくい酒場へ挑むときの心構え⑥「失敗もネタにするつもりで」
せっかく勇気を出して入ったのに「合わなかったな」「ちょっと違ったな」と感じて早々に退店する。その時の気持ちを想像すると、なんともいたたまれない思いがするものだ。でもそれは、あなたのせいなどではないと断言できる。要は相性の問題で、世の中のすべての人と仲良くすることができないように、あなたと酒場の性格が合致しなかっただけのこと。それでもこの苦い経験は、あなたの呑み歩きの旅の一部となり、あなたの人生の旅の良き思い出となる。次に誰かとどこかの酒場を訪れたときに、こんなことがあってさ、という話のネタにもなるではないか。相性の悪かった酒場での時間と出費は、次の酒場で大いに活かされることになる。決して無駄ではなかったのだと思う日が、きっと来ることだろう。
「良い酒場だった」と思えることのほうが圧倒的に多いもの
これまでの私の経験としても「合わなかったな」と思える酒場は確かにあった。こんばんは、と暖簾をくぐってみたものの、私に気づいているはずの店員がまったく目を合わせない。「ひとり?」ととても迷惑そうに言われた。もつ煮が出てくる直前に「チン!」という電子レンジの音が聞こえた。蕎麦屋なのに卵焼きが出来合いのものだった…。でも総じて言えるのは「失敗」と呼べる経験は数えるほどしかないということ。むしろ圧倒的に「良かった」「素敵な酒場だった」と思えたことのほうが多いと感じる。
考えてみれば、入りにくい酒場のほとんどが長年にわたって経営を続けているものだ。常連がしっかり存在していて、新規客もほどほどにあるからこそ、店の外観が入りづらい、汚いと呼べるようになるほどの長期間を耐え抜いてきたのだ。そんな店が悪い店であるはずがないではないか。だから安心して、入りにくい店に挑んでほしいと思う。馴染みの店が増えるほど、あなたのお酒をめぐる旅は豊かなものになっていく。あなたの人生もまたしかり、なのである。